『フェムテックジャパンカレッジ』が聞き手となり、フェムテック領域で活躍する方々との対話をお届けする、対談企画『トークルーム』。
第2回目は、セクシャルウェルネス分野の先駆け的な企業である「株式会社TENGA」で国内マーケティング部 部長を担う西野芙美さんが登場。2023年に10周年を迎え、アンバサダーとして水原希子さんが就任したことも話題となった「iroha」のこれまでとこれからを中心に、セクシャルウェルネス、フェムケアアイテムを通して、どんな社会を目指しているのかをお話しいただきました。
人間の根源的な欲求である性を楽しめるように
フェムテックジャパンカレッジ(以下、FJC):10周年を迎えた「iroha」についていろいろお伺いしたいのですが、その前に「TENGA」の成り立ちから教えてください。
西野芙美さん(以下、西野さん):「TENGA」は2005年に、社長である松本光一が創業した会社です。それまでは車の整備士や車のディーラーをやっていたのですが、「モノづくりがしたい!」「自分でイチからモノづくりをして世の中に届けたい!」という想いを持って作られました。
ただ当初は、何を作るかを決めていなかったのですが、そんな時にたまたま入ったアダルトショップで、当時のオナホールと言われるマスターベーションアイテムを見て疑問を感じたようです。それは、品質に対してもそうですし、プロダクトとしても女性器を模したようなものが多くて、マスターベーションは誰もが普通にしていることなのに、なぜそのアイテムは一部の好事家のためのものという印象が強かったと。
そこから、みんなにとって性は身近なことで、その性に対するプロダクトがより一般性を持つように開発したいと思ったことが、「TENGA」の始まりです。
FJC:具体的にはどんなことから始めたのですか?
西野さん:最初は市販で販売されているオナホールと呼ばれるものを、ひと商品につき2個買ってきて、1個は自分で使って改善点を書き出し、もう1個は分解して構造を研究していたそうです。
「一般性のある、みんなが楽しめるアイテムはどんなモノなのだろう……」と考えながら、試作品を作っては試し、作っては試しという期間が約2年間ありました。
FJC:それくらい「これはちょっと……」と思っていたということなのですね。
西野さん:はい、そうなのだと思います。オナホールは男性向けのアイテムではあるのですが、性は人間の根源的な欲求。当初から「みんなが楽しめるような物を作りたい」という想いがあったので、女性向けのアイテムも想定してはいたみたいです。
ただ、「TENGA」のアイテムが爆発的に大ヒットしてからは、男性の物という認知があったこともあり、女性社員がまったく入社してこず……。なので、まずは男性向けからスタートしたという感じです。
女性向けブランド「iroha」がデビューしたのが2013年ですが、チームが立ち上がったのが2011年頃です。その頃にはようやく女性社員が何名か入ってきていたので、そろそろ始められるとなり、準備が始まりました。
「TENGA」誕生当時は男性向けでも大きなインパクトだった
FJC:社長からすると、やっと具体的に動き出したという感じですね。当時は男性向けの商品でさえ、けっこうなインパクトだったと思うのですが、どういう反応が多かったですか?
西野さん:当時、いわゆるオナホールと言われるアイテムは、5000個売れたらヒット商品だったそうです。その中で「TENGA」は1年間で5種類発売して、合計100万個売り上げました。
FJC:当時は今ほどネットショッピングが発達していたわけではないと思いますが、いわゆるアダルトショップだけで100万個を売り上げたのですか?
西野さん:はい。当時は生産が追い付かなくて、当時は社員一同、徹夜して工場で組み立てることもあったみたいです。
FJC:「TENGA」のアイテムは、当初から今も形が継承されていると思うのですが、あの形自体が珍しかったのですか?
西野さん:はい、形自体も珍しかったです。でも、これまでのオナホールとの最大の違いは、女性器の代替品ではないというところだと思います。
中の形状も幾何学模様がモチーフになっていて、非常に無機的です。例えば、ゲイセクシャルの方は、女性器仕様だと使えないですよね。一方、「TENGA」のは無機物なので、デザインも含めて、セクシャリティに関係なく楽しんでいただけることは大きかったと思います。
私自身も、「TENGA」を初めて知ったのは確か高校生の時で『R25』というフリーペーパーで見ました。よく読んでみたらアダルトグッズと書いてあって、一見そうは見えなかったので、「これが?」と思ったことを覚えています。
それくらい今までのものとはデザインも含めて一線を画していました。使い心地の面でも、今までのものはスポンジにローションを染み込ませたような、品質を求められる感じでもなかったのかなと。もともと愛着を持って使ってもらうという認識がない製品だったみたいなので、そこに品質の違いもあって総合的な良さが、いろんな方々に手に取ってもらえた理由かなと思います。
FJC:100万個ヒットには、リピート利用者も多かったということですか?
西野さん:そうですね。リピートしていただける方も非常に多かったです。
あとは、発売から2~3年過ぎたあたりにはなるのですが、福山雅治さんがラジオで「TENGA」について語っていただいたり、ケンドーコバヤシさんが『アメトーーク』(テレビ朝日)で“TENGA芸人”を企画してくださったりしました。
もし、女性器を模したタイプだったら、なかなか公共の電波では映しにくかったと思います。だけど、デザインやコンセプト、品質がいいからこそ、電波に乗せてもあまりざわつかないというか、いやらしいものというよりはもう少しファニーなものとして捉えていただける。コミュニケーションをするうえですごくスムーズな商品だったというのもあるのかなと思います。
性は常に社会性のあるテーマ!
FJC:伝えていくうえで、気をつけていたことや意識していたことはありますか? 今よりももっと暗いところに潜っていたものを地上に出していくところからだったのかなと想像していて、特に2013年に誕生した「iroha」は女性向けのブランドですし、当時の女性の性は未開拓だったと思います。だからこそ啓発しながらお伝えしているのかなという印象があります。
西野さん:ありがとうございます。私は広報やPRを担当しているので、その立場からお話させていただきます。
常に社会性のあるテーマであることは心掛けています。女性向けのバイブレーターとして捉えると、「性はプライベートなこと、いやらしいもの。なのに、なんでわざわざ表立って言うんだ」と、そういう誤解を受けることがあります。ただ、例えば、腟内で感じるオーガズムをとってみても、腟内で感じるオーガズムをいわゆる中イキ、クリトリスで感じるオーガズムを外イキと区別して話されることが多いですが、実はどちらもクリトリスでの快感ですよね。
FJC:はい。まだまだ知られていないですよね。
西野さん:はい。そのような医学的な情報が一般的に知られていないから、クリトリスへの刺激が不十分でも、女性は挿入さえすれば気持ちよくなるものだと思っている男性は多いと思います。
女性も、自分は中でオーガズムに達せないから不感症なんじゃないかと思ってしまうし、なおかつ女性が自ら自分の身体を開発していくのを良しとしていないから、より一層その誤解が解消されない。だからこそ、女性は自分の身体がおかしいんじゃないかと抱え込んでしまう。そうなってくるともはやプライベートな話ではなくて、パートナーシップやコミュニケーションの話になるし、女性がどうしたら自分をポジティブに受け入れられるかという、女性の自尊心の話でもあります。
特に「iroha」は女性向けの製品なので、たんなるエロではなくて、女性ひとりひとりにとってすごく大事なテーマだということをPRでしっかり伝えていくということは意識しています。
FJC:具体的にはどんなことになりますか?
西野さん:例えば、先ほどの中イキ、外イキの話は、女性向けのメディアのみなさんをお呼びして、女性器の形成外科の先生や女性向けメディアの編集長にトークしていただきました。そこで、医学的なこと、パートナーとのセックスでどういう風に伝えていこうという実践的な話をすることで、たんなるエログッズではなく、みなさんに関係があることだということを伝えています。
FJC:「iroha」の誕生からこれまで、本当に言葉通り、開拓する作業だったと思うので、とてつもない労力だったのかなと……。
西野さん:そうですね。当時は、主に男性向けメディアにしか刺さらなかったこともあり、簡単に言うとグラドルに近い扱いをされました。「商品持ってにっこりしてください」「美人広報がエログッズを持ってきてくれました」みたいな取り上げ方(笑)。「君は脱がないの?」と言われてしまうような、メーカーの広報なのに全然扱いが違ったんです。
2018年頃、社会の流れにフィットした
FJC:同じメディアで働いている立場として、申し訳ない気持ちになります……。そんな中で扱いが変化したと感じたのはいつ頃ですか?
西野さん:社会の変化とすごく嚙み合ったと思ったのは2018年頃です。「iroha」が大丸梅田店さんで初めてのポップアップストアを開催した時期です。その頃、メディアでは、Me Too運動や同時に女性の自己決定について取り上げられるようになってきました。
私たちのポップアップイベントに関しても、自分のプレジャーを考えてパートナーと話し合うことは自分の幸せにつながるんだというテーマで、女性のライフスタイルメディアが書いてくれたり、地元の新聞やテレビにも取り上げられたりしました。それが大きな変化だったと思いますし、「iroha」のあの手この手で行っていた試みがうまく社会の変化に嚙み合って、もっといろんな人に広がったという実感もあります。
FJC:大丸といういろんな方が訪れる百貨店でのポップアップストアの開催は大きかったように思います。どのような経緯で決まりましたか?
西野さん:当時、百貨店はアパレルがメインだったのですが、「もっと女性のソリューションになれるものを提供できるのではないか」ということで声を掛けていただきました。
それまでの性は、多面的であるにも関わらず、すべてエロというひとつの箱に入れられていた印象がありました。例えば、私が広報として性の話をすると、性の話をしている=エロい=ヤレル、というようなすごく安直な伝言ゲームというか、論理的に考えればあり得ない連想に疑問を持たない人が多すぎるというか。「エロだからないがしろにしていい」「エロだから取るに足らないこと」「エロだから人前で語ってはいけない」という社会の認識があまりにも大きかったと思います。
我々がひとりHやオナニーではなく、“セルフプレジャー”という言葉を発信していった経緯には、自分の身体と向き合う、自分なりの心地よさを追求する。それによってパートナーとのコミュニケーションが良くなるという、そういった性の側面を共通認識にしたいという想いがありました。だからこそ、「みんなに関係があること」「とても大事なこと」と想いで発信しています。
それがフェムテックという言葉の広がりやコロナ禍があったことで、「より自分自身をリラックスさせることが大事だよね」「そのためのひとつの手段としてセルフプレジャーがあるよ」という文脈が作られ、すべてエロの箱に入れられていたものが少しずつ整理されていったというイメージです。
10周年発表会はシスターフッドを感じた
FJC:その変化は、私もお邪魔させていただきました、「iroha」10周年発表会でも感じられました。
西野さん:10周年発表会ですごくうれしかったのは、来てくださったメディアのみなさんが、「こんな素敵な発表会に呼んでくれてありがとうございました」と言ってくださったことです。
さらに、「こういうテーマはすごく大事なことだから、もっともっと世間で話されていかないといけないんだ」と感じている女性が、メーカーやメディアという業界の垣根を越えてたくさんいることも感じました。
実は、あの発表会は、弊社で開催した発表会の中でもっとも多くの方々が来てくださったんです。来場者が今まで一番多い、そのみなさんの熱量もすごく感じました。「各分野にいる意志を持った女性たちが一堂に会した場だったんだ」ということを、すごく感じたんです。
これまで試行錯誤をしてきましたが、同じ志を持った人たちが取り上げようとしてくれる、伝えることを生業にする女性たちとのシスターフッドがすごくあるなと。そのおかげで実現したのが読売新聞の広告だったし、水原希子さんのアンバサダー就任だったと思います。そのひとつひとつが繋がって実現した10周年だったと、改めて感じています。
FJC:思い入れがあるかどうかは、製品からも感じられます。
西野さん:弊社の女性社員は「iroha」が大好きなんです。本当に話がつきないくらいです(笑)。
FJC:この続きは後編へ。後編では、西野さんが「TENGA」に入社した経緯や「iroha」が目指すこれからのことを伺います。
(プロフィール)
西野芙美さん
株式会社TENGAマーケティング本部 国内マーケティング部 部長。早稲田大学文化構想学部卒業後、人材紹介会社、出版社での勤務を経て、2017年に「株式会社TENGA」に入社。「iroha」をはじめ、TENGA社が擁するブランドのマーケティング・ブランドコミュニケーションを統括している。
執筆/木川誠子
No.00038